論語 (衛霊公第十五)です。
原文は、
子貢問曰、有一言而可以終身行之者乎。
子曰、其恕乎。己所不欲、勿施於人也。
読み下し文は、
子貢問うて曰く、一言にして以て身を終うるまで之を行うべき者有りや。
子曰く、其れ恕か。己の欲せざる所は、人に施すこと勿れ。
現代語訳です。
子貢がおたずねしていった、「ひとことだけで一生おこなっていけるということがありましょうか。」
先生はいわれた、「まあ恕(思いやり)だね。自分ののぞまないことはひとにもしむけないことだ。」
(金谷治訳注、論語、岩波文庫、1963年)
人にされていやなことは、人にもしない。当たり前のルールですね。
同じ内容の言葉は、聖書にも見られます。
マタイ伝福音書 第7章12節
「然(さ)らば凡(すべ)てひとに為(せ)られんと思ふことは、人にも亦(また)その如くせよ。これ律法(おきて)なり、預言者なり。」
ルカ伝福音書 第7章31節
「なんぢら人に為(せ)られんと思ふごとく人にも然(しか)せよ。」
これが英語の格言の
Do unto others as you would have them do unto you.
の出典です。
自分がひとからしてもらいたいことを、人にもしましょう、ということですね。
同じことを、洋の東西で、2つの見方からいっています。
思いやりもの心をもてるかどうかは大事なことです。
そのためには心の余裕がないといけないのですね。確かにそこが難しい。
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