2015年12月13日日曜日

神は細部に宿る

最近、神は細部に宿る、という言葉をどこかで聞いたらしく、
これまで、ずいぶん、全体を見ることが大切で、
木を見て森を見ず、ということがないようにと、さんざん、いわれてきたけれど、
自分は細かいことにこだわりたいし、
やっぱり、細部は大事だよね~、と言っています。


神は細部に宿る
God is in the details.

建築家の ヴァン・デル・ローエ Ludwig Mies van der Rohe (1886-1969) や
美術史家の アビ・ワルブルク Aby M. Warburg (1866-1929) が、好んで用いた言葉らしいです。

細部の完璧さにこだわることが、より高いレベルでの完成に重要であること、あるいは、細部を深く掘り下げることが真理に至る道であること、を意味しています。

一方で、
The devil is in the details.
という言葉もあります。

細部には、悪魔もいるようです。

蟻の穴から堤も崩れる、といいます。

堤防にできた、蟻が通るほどのごく小さな穴でも、放っておけば、ついには大きな堤防も、崩してします、という意味ですね。

確かに、細部は大事ですね。

細部も、全体も、どちらも見渡せるイマジネーションがあると、さらによいと思いますけど。




2015年11月15日日曜日

身を捨ててこそ

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」

空也上人 (903-972) のことばとされています。


「空也上人絵詞伝」に

「山川の末に流るる橡穀も、身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ」
という歌があるそうです。

山から川の流れにのって流れてきたトチの実は、自ら川に身をなげたからこそ、やがて広い川の瀬に浮かぶこともできた、という歌です。

ちなみに、浮かぶ瀬とは、仏の悟りを得る機会だそうです。


一般的には、一身を犠牲にする覚悟があってはじめて活路も見いだせる、と説明されますが、そこまで深刻にならなくても。

また、身を捨てるには自我を捨てるという意味もありそうです。


あなたの場合、どうしてよいかわからない時、どうしようもなくなった時、流れに身をまかせることによって、事態が解決することもありますよ、という解釈がいいんじゃないかしら。


2015年11月1日日曜日

コミュニケーション

最近、コミュニケーションがうまくいかないことがあるそうです。

一度、かみ合わなくなると、どうしようもなくなることがあるそうです。


とりあえず、

’Then give to the world the best you have and the best will come back to you.'

  Ralph Waldo Trine (1866-1958)

「それでは、自分のベストを世界に差し出しましょう、そうすれば、ベストのものが戻ってきます。」

  ラルフ・ワルドー・トゥライン (1866-1958)


'A gentle word, a kind look, a good-natured smile can work wonders and accomplish miracles.'

 William Hazlitt (1778-1830)

「やさしい言葉、親切なまなざし、心優しいほほえみが、おどろきの結果をもたらし、奇跡をなしとげる。」

 ウィリアム・ハズリット (1778-1830)


普段から、手を抜いちゃだめってことね。

2015年10月18日日曜日

とりこし苦労


’Cross that bridge when you come to it.’


英語の慣用句ですが、

橋を渡ることは、橋についてから考えなさい、

ということで、問題が起こってから、どうするか考えればよいのであって、

まだ、何も起こっていないうちから、とりこし苦労をしてもはじまらない、ということですね。


いろいろ先のことまで考えて、どうしようか悩んでいるようですが、

まだ、どうなるかわからないことは、今から悩んでも始まりませんね。

その時になったら考えましょう。


2015年9月21日月曜日

不満

最近、愚痴というか、不満というか、言い訳が多いですね。


「努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る。」
(「氷壁」、井上靖 1907-1991)

何かを始めなくては、何も起こりませんね。


「小人閑居して不善をなす」 (「礼記」 大学)
なんていわれないようにね。

あ、怒ると小人ってことになるわよ。


2015年8月30日日曜日

心配事

悩みや心配事があると、自分が自分でなくなってしまうので、とてもいやなんですって。

よくわかります。


Worrying is stupid. It's like walking around with an umbrella waiting for it to rain.

Wiz Khalifa (1987- )

心配して気をもむことは馬鹿げている。まるで、傘を持って歩き回り、雨が降るのを待つようなものだ。

ウィズ・カリファ (1987-)


I'm very happy with my life. I am what I am. I don't worry about anything that I can't control. That's a really good lesson in life. 

Tom Watson (1949- )

私は自分の人生をとても幸せに思っています。私は私以外のものではありません。私は、自分ではどうしようもないことを心配したりはしません。これは、人生における大事な教訓です。

トム・ワトソン (1949- )


悩み事があると、頭の中はそれだけになってしまいます。

心配すれば、心配事が起こらなくなるわけではありません。

でも、心配してばかりいると、前向きなことは何も起こりませんね。


結局、自分で、言い当てていますね。

2015年8月16日日曜日

徳をもって、恨みに報いる

まずは、論語 憲問第十四から、

或曰、以徳報怨、何如、子曰、何以報徳、以直報怨、以徳報徳、

或るひとの曰(い)わく、徳を以て怨(うら)に報(むく)いば、如何(いかん)。
子の曰(のたま)わく、何を以てか特に報いん。直きを以て怨みに報い、徳を以て徳に報ゆ。

ある人が「恩徳で怨みのしかえしをするのは、いかがでしょうか。」といった。先生はいわれた。
「では恩徳のおかえしには何でするのですか。まっ直な正しさで怨みにむくい、恩徳によって恩徳にお返しすることです。」 (論語、金谷治訳注、岩波文庫、1963年)

これは、「老子」第63章にある、以下の言葉の対極にあります。

為無為、事無事、味無味、大小多少、報怨以徳

無為を為し、無事を事とし、無味を味わう。小なるを大とし、少なきを多とし、怨みに報いるを徳を以てす。

無為(人為的な細工をしないこと)を自分の生き方とし、無事(何事もしないこと)を自分の営みとし、無味(好悪をもたぬこと)を自分の感情とする。小さなものには大きなものを与え、少ないものには多く返してやる。怨みのあるものには、徳をもって報いる。

論語(儒家)と老子(道家)の考え方は異なっています。


人として行う道は何か。

あなたが今悩んでいることは、本当に難しい問題です。

怨みに報いるのは、徳か直か。

少なくても、怨みに報いるのは、怨みではないようです。