2013年10月20日日曜日

決断

"The man who insists upon seeing with perfect clearness before he decides, never decides."

「決心する前に、完全に見通しをつけようとする者は、決心することができない。」

アンリ・フレデリック・アミエル Henri Frederic Amiel (1821-1881) の言葉です。


なかなか決心できないことがあるようですね。

そのために、心ここにあらずみたいですね。

でも、1日かけて考えだした結論は、1週間考え続けても変わりませんよ。


最初のアミエルの言葉に続くのは、

Accept life, and you must accept regret.

人生を受け入れよ、後悔することを受け入れなければならない。

です。




2013年10月6日日曜日

我慢

"The way I see it, if you want the rainbow, you gotta put up with the rain."

「わたしの考えでは、虹が見たければ、まず雨を我慢しなければ。」


ドリー・パートン Dolly Rebecca Parton (1946-) の言葉だそうです。


みんな勝手なことばかりして、私が我慢してばかり、

と、あなたは言うけれど、頑張ればいいことがあると思うことも必要ですね。


ところで、ドリー・パートンは、私の好きな 「ジョリーン Jolene」 という歌を作った歌手です。

ジョリーンはオリビア・ニュートン・ジョンも歌ったけれど、

この歌は、お願いだから、私のあの人をとらないで、という歌です。

あまりオリビア向きの歌ではないような気がするのは私だけ?


2013年9月23日月曜日

礼節

「礼儀作法とは、身についた物腰であり、ゆとりである。」

「礼儀作法をわきまえるというのは、すべての身ぶりを通して、ずべての言葉をつくして、いらいらしないように、われわれに与えられた人生のこの瞬間を台なしにしないようにと示すこと、言うことである。」

「礼儀正しさを学ぶのは、ダンスを学ぶのと同じである。」

アラン Alain (1868-1951) の「幸福論」 Propos sur le bonheur の中の言葉です(神谷幹夫訳、岩波文庫、1998年)。


あなたは、思ったことががすぐ口に出て、顔に出るのがよくないところね。

アランに言わせれば、あなたは無作法な人間ですよ。

あなたも、もう少し、礼儀作法を、学んで身につけるとよいのではないかしら。


礼儀をわきまえることは、へつらうことではありません。

悪意のある人間には断固とした態度をとってよいといっていますから。


あなたも、患者さんに会うときは、

「こんにちは。お具合はいかがですか。」

「お大事に。お気をつけて。」

くらいは、意識しないでもいうのでしょう。それが礼節ですね。


2013年9月8日日曜日

すぐ切れる

「すぐキレるのは、自分の気持ちを表現する適切な言葉を知らないから」

三輪明宏(1935-)さんの言葉です(「オーラの泉」)。


哲学者や偉人の言葉じゃなくて、三輪さんではご不満かしら。でも、す~と入り込んでくる言葉でしょう。


あなたが、これは違う!、と感じる直感は、たぶん、本当です。自分の直感はお信じなさい。

でも、どこが違うか、なぜ怒ったのか、言葉にできなければ、わけのわからない、ただの怒りんぼさんです。

怒ってもいいけど、相手に通じる、柔らかい言葉で、やっつけておやりなさいね。

2013年9月1日日曜日

自分さがしの旅

バーナード・ショー George Bernard Shaw (1856-1950) の言葉です。

Life isn't about finding yourself. Life is about creating yourself.


人生は、自分さがしの旅ではなく、自分つくりの旅だということですね。


あなたは、人生の指針がほしいというけれど、そんなものはありません。

自分を導いてくれるなにかをみつけたいというければ、そんなものはみつかりません。


人生は、「汗かいて、ベソかいて、GO」 です (ガッツだぜ、ウルフルズ)。


2013年8月18日日曜日

善きサマリア人

新約聖書 ルカによる福音書 第10章25-37節、善きサマリア人の話です。

「汝の隣人を愛すべし」、についてのイエスの譬えです。


強盗に半死半生にされて棄て去られた人を、

「祭司は、これをみて、彼方を過ぎ往けり。

レビ人も、同じく彼方を過ぎ往けり。

然るにあるサマリヤ人、近寄りて油と葡萄酒を注ぎ、傷を包みて己が獣にのせ、旅舎に連れゆきて介抱し、あくる日デナリを二つ出し、。。。」


つまり、強盗に半殺しにされた人を、

祭司(社会的に尊敬される人)とレビ人(祭司に仕える社会的に地位のある人)は見てみぬふりをしたが、サマリア人(ユダヤ人から軽蔑されている民族の人)だけが、強盗におそわれた人の隣人として仁慈と憐れみをなしたという話です。

サマリア人は、傷にオリーブ油とぶどう酒をぬって包帯を巻き、ロバにのせて宿に連れて行き、銀貨2枚(当時の労働者の2日分の賃金)を出して、手当てを頼んだ、というのです。


あなたも、病める人を、それがどんな人であろうと区別することなく、助ける役目なす人として、善き隣人としての役割を果たさなければいけないと、自覚すべきですね。



2013年8月4日日曜日

柔かい答

旧約聖書 箴言 第15章1-2節です。

「柔かい答は憤りをとどめ、激しい言葉は怒りをひきおこす。

知恵ある者の舌は知識をわかち与え、愚かな者の口は愚かを吐き出す。」


一応、英語ものせておきます。

難しい順に、KJV版、WEB版、BEB版です。

いろいろいいかえると、理解しやすい。


King James Version (KJV):

A soft answer turneth away wrath: but grievous words stir up anger.

The tongue of the wise useth knowledge aright : but the mouth of fools poureth out foolishness.


World English Bible (WEB):

A gentle answer turns out wrath, but a harsh word stirs up anger.

The tongue of the wise commends knowledge, but the mouth of fools gush out folly.


Bible in Basic English (BBE):

By a soft answer wrath is turned away, but a bitter word is a cause of angry feelings.

Knowledge is dropping from the tongue of the wise; but from the mouth of the foolish comes a stream of foolish words.


さて、最近、怒ってばかりいるみたいですね。

あんまり、怒ってばかりいると、おバカさんにみえますよ。

「やさしさは教養」、ですからね。